■
リリリリリ・・・・
木島は寝ぼけまなこを擦りながら目覚ましを消した。
「なんだ夢か。。ずいぶんリアルな夢だったな」
今日は木島の初出社日だ。今日から米系総合商社である「マイク&ブシ」で働くことになっている。
「夢で見たみたいに、いい先輩や可愛い彼女ができるといいな」
スーツに着替えた木島は期待で胸を膨らましつつ、眩しい朝日を背に受けながら近くの駅へと急ぐのだった。
完
ひ
■
次の日、木嶋と入江はそれぞれ昨日のディナーを思い出していた。入江は、お人好しの木嶋にとても好感を抱いていた。『昨日楽しかったなー。木嶋くんこっちが心配になるくらいいい人だったし。また行きたいなー。』
木嶋は、昨日二人のはるかに遭遇したことを考えていた。『それにしてもそっくりだったなー。今度は樫田先輩を誘って行ってみよう。びっくりするだろうなー。』
え
■
木島は、酔いもあってか、これが現実なのか、夢なのか不思議な感覚に陥った。
『恐れ入りますが、身分証明証を』
どうして俺が?と思いつつも、財布から取り出し、素直に刑事に渡した。
『あの、お連れさんもお願いします』と、落ち着いた声で、年寄りの刑事が催促した。
気がつくと、今日会ったばかりの遥香は、木島の腕に手を回していた。
彼女は、何も言わず、派手な財布から、運転免許証のようなものを取り出した。
年寄り刑事は、彼女のI.D.を小さな懐中電灯で照らした。
『山崎 綾 さんね』と、呟いた。
ん?綾?と思いつつも 『あー、遥香は源氏名か、だよな、綾ちゃんが本名なんだ』と、木島の理解は早かった。
『ありがとうございます』と、刑事は、遥香にI.D.を渡し返した。
受け取った遥香の華奢な指が震えていたのを、木島は見逃さなかった。
『木島さん、はい あなたの』と、返されたI.Dは、地元のスポーツクラブの会員証だった。
『行こっ』遥香が、腕を強く引っ張った。『お、お 行こう』と、木島は刑事に会釈して二人はその場を去った。
薄暗く、細いトミジャズのカウンターに、二人は並んで座り、木島はさっきの出来事はなんだったんだろうねと、話かけようとしたら、『木島さんって、彼女いるんですか?』と、にっこりいきなり聞いてきた。
『彼女? まだいない、、、き、に、な。。。』さっき、入江に告白し返事を待たされている身の木島は、はっきりと答えることはできなかった。
『じゃあ、遥香を彼女にしてください』入江にクリソツな遥香に告白され、これもありなのか? 一次会からの今までの出来事が濃厚すぎて、木島の頭は、ショートした。
ウィスキーを何杯飲んだか記憶がないまま、支払いを済ませて店を後にした。
店からタクシーを拾うため大通りに向かった。
『木島さん、今日は楽しかったです、またお店に来てくださいね』と、遥香は言い残し、足早にタクシーを止め、去って行った。
立ち去った彼女に手を振った後、背後に何かの視線を感じた。
さっき止められた二人の刑事が、遠くから木島の様子を見ていた。
さ
■
「ん?」と一瞬戸惑ったものの、お得意の鈍感力を木島は発揮し、女性たちとの会話に身を委ねた。時間も遅くなり次々に常連が入店してくると、「それじゃ、楽しんでいってね」という言葉と共に姫湖ママが席を外した。
山崎ハイボールの杯を重ね、一次会の緊張もあって少し重めの酔いを感じていた木島であったが、ママが席を外すと遥香がいきなり
「木島さんって私のタイプ・・・・ 店の後にアフター付き合ってもらえないかしら・・・」
・
・
・
・
「お会計ですが、8万3千円となります。カードですか? 現金ですか?」
どう見てもボラれている値段なのだが、遥香とのアフターを前に興奮冷めやらぬ木島にはもはや正常な判断力はなく、リボ払いで支払いを済ませて、遥香指定の「トミジャズ」というバーに足を向けると
「夜分遅くにすみません。ちょっとお伺いしたいことがあるのですが・・・」
と中年と若年の二人組が現れた。
「え、刑事?! なんで、なんで?」
木島は戸惑いを隠せなかった。
た
■
その日木島は入江塔を夕食に誘った。夕食場所は「水響亭」。銀座の並木通りにある落ち着いた雰囲気のあるレストランだ。残業で少し遅れた木島が店に到着すると、塔はワイングラスを片手に目の前の水槽の中をユラユラ漂うクラゲをぼんやり見ていた。
「ゴメンゴメン、遅れちゃった」
「全然大丈夫。ネジ部ってすごい忙しいって聞いてるし。でもこのレストラン、お洒落だね。水槽がグルッと部屋を囲っててなんだか海の底にいる見たい」
木島はウェイターに生ビールを注文し、二人で乾杯した。
「入江さん、そう言えば会えたらずっと伝えたかった事があって」木島はさりげない感じで切り出した。
「よければ俺と付き合ってくれませんか。出張中のフィリピンでもずっとあなたの事を考えていました」木島の唐突な告白に塔は言葉を失ったようにしばらく黙っていたが、意を決したように木島を見つめるとこう言った。
「ありがとう、すごく嬉しいです。実は、、今お付き合いしている人がいるんだけど、ちょっと別れる、別れないっていう微妙な感じになっていて。なので少し返事は待ってもらっていいかな」
「もちろん、入江さんに彼氏がいるって話は実は聞いてたんだ。でも、俺はいつまででも待つから」
「ありがとう、木島君」そう言って俯く塔の横顔を見つめながら、木島はやっぱり綺麗な人だなとあらためて感じるのだった。
食事後、塔と店の前で分かれた木島は昔お世話になった銀座のクラブのママが独立して始めたラウンジに顔を出す事にした。スナックやクラブが集まる一角にあるママのラウンジのドアを開けると、すかさずママの明るい声が聞こえた。「いらっしゃいませ、あーっ木島さん、ご無沙汰してます」白い着物をビシッと着こなしたママが笑顔で出迎えた。
「姫湖ママ、ご無沙汰してます。今日もお着物がお似合いですね」
「まあ木島さん、相変わらずお上手ね。さあこちらのお席へ」姫湖ママから熱々のおしぼりを受け取りながら木島は尋ねた。
「前回樫田さんと入れた山崎、まだ残ってますか?」
「ええ、まだあったはず。ちょっと確認しますね。木島さんはハイボールですよね」
ママが席をはずしている間、木島はお店を見渡した。白を基調にした落ち着いた雰囲気の店でママの品の良い趣味が垣間見える。まだ時間が早いせいか客は木島だけだった。
「お待たせしました。木島さん、新しく入った女の子を紹介しますね」
姫湖ママの後ろに立つ黒いドレスの子が木島の横に座りながら言った。
「始めまして、遙香です」
その顔を見て木島は凍りついた。そこにいたのは入江塔と瓜二つの女性だった。
ひ
■
今朝はマニラ出張後初めての出勤だった。
会社に着くなり、入江が話しかけてきた。
『お帰りなさい!マニラ出張どうでしたか?でもよかった、昨日帰ってきて。昨日マニラの南の方で火山が爆発したみたい。当分飛行機も飛ばないらしいですよ。』
びっくりしてニュースを検索したら、100年に一回の火山爆発が起こっていた。
するとちょっとしてから、樫田からラインに写真が送られてきた。
そこはゴルフ場で、樫田が火山灰を全身にかぶって立っていた。頭も顔も灰で真っ白になっていた。よくハワイなどの観光地のストリートに全身を銀で染めてお金をもらうとロボットのように動くシルバーの人物のようだった。
樫田からは『あと1日いたら100年に一度の体験ができたのにな』とポジティブなメッセージが添えられていたが、木島は『自分の幸運を噛み締めていた。
え