「樫田さん、フィリピン駐在になるんですか??」辞令を見た木島は慌てて樫田のデスクに駆け寄った。「おう、元々ずっと希望を出してたんだ。ネジ部でフィリピン駐在といえば、エリートコースだからな。まあ、日頃の仕事振りを見ていれば俺が選ばれるのは時間の問題だったけどな」。樫田は轟然と胸をそらせながら言った。「樫田君、栄転おめでとう!さみしくなるね」通りすがった麗花から声が掛かる。「白鳥さん、是非バケーションに遊びに来て下さいね。僕がフルアテンドでご案内致します」「ありがとう、ホントに行っちゃおうかな〜、彼氏と」笑いながら立ち去る麗花の後ろ姿を見ながら樫田が鼻の穴を広げて言った。「白鳥さん、まぢ付き合いたかったなあ。おい、木島、白鳥さんに変なちょっかいかけたらマヂで殺すからな」変なところからトバッチリが降って来そうだったので、木島は慌てて自席に戻り、ネジの深さを測る作業を始めた。

 

その日のお昼時間、ネジの深さを測る作業に没頭していた木島は出遅れ、皆より遅い時間での昼食を食べに外に出た。「何食べようかなあ」まだ大手町界隈に慣れていない木島はキョロキョロしながら通りを歩いていた。よそ見をしながら通りの角を曲がろうとした瞬間、出会い頭に誰かドーンとぶつかってしまった。「す、すいません!お怪我はないですか」木島は慌てて相手に手を差し伸べた。「いえ、大丈夫です。こっちこそボーッとしていてすいませんでした」相手は木島と同世代と思われる可愛らしいショートカットとつぶらな瞳が印象的な子だった。「す、すいません、お詫びと言ってはなんですが、もしお昼がまだでしたらご一緒にいかがですか?実はお昼行き遅れちゃってお腹ペコペコなんです」「そうなんですか、私も実はお昼をどこで食べようか考えてたんです。じゃあどこかご一緒しましょうか」「そうですね、これも何かの縁ですよね!僕、木島比呂也っていいます」「私は入江です。入江塔。高い塔の塔と書いてはるかと読みます」