塔と二郎に行ってからはや1ヶ月が過ぎた。先日の川田の追及はなんとか躱したものの、木島はなかなか塔に再び話かけるきっかけを得られずにいた。そんなある日のこと。「新人君、ちょっといいかな」いつものように溝計測に勤しむ木島に計測班長である白鳥麗花から声が掛かった。急いで麗花の席に向かう。書類を読んでいた麗花は木島を見上げるとこう言った。

「早速、新人君に出張に言ってもらうことになったから。行先はフィリピンのマニラ。うちのお得意先のルソン・テクノロジー社から特注品のネジ50個の発注があったんだけど、なんといっても高価な商品なので、新人君に直接運んで貰うことになったから」

「は、はいっ、喜んで!絶対に落としたりなくしたりしないようにします!」

「じゃあ、しっかりね。現地についたら先日赴任したばかりの樫田君が迎えに来てくれているはずだから、その指示に従ってね。それと、、」麗花は悪戯っぽい目をしながら言った。

「樫田君に誘われて、あんまりへんなところに行くんじゃないよ〜。海外って男の人はすぐハメをはずしがちだから」

「そんな、僕はへんな場所とかいかがわしい場所とかアンヘレスみたいなゴーゴーバーなんかは行かないですよ!」木島は顔を真っ赤にしながら言った。

「なんかすごい研究してるように見えるけど。。いずれにせよ、初出張頑張ってね。お土産話楽しみにしてるわ」麗花は苦笑しながら言うと手をひらひらさせた。木島は浮き立つ気持ちを抑えながら席に戻った。そんな木島の頭の中からは塔のことはすっかり飛んでしまっていた。

 

羽田を9:55に出発したNH869便は定刻通り13:30にニノイ・アキノ国際空港に到着した。商品が入ったアタッシュケースとキャリーバックを抱え、何事もなく無事に税関を抜けた木島は、迎えの人々でごった返す空港ロビーを何とかやり過ごし外に出た。

「うぉっ、なんだこの暑さは!」容赦なく照りつける灼熱の太陽にたちまち木島の額から汗が噴き出し、しずくが顎を伝った。

「おーい、木島!」

振り向くと樫田がサングラスとアロハシャツに短パン、サンダル姿で立っていた。

「迎えに来たから、とりあえずこっちの車に荷物積めよ」

「樫田さんの専用の車なんですか?」

「こっちは、ドライバーと車1台は結構デフォルトで、みんなそんな感じだよ」

ドライバーの手を借りながらトランクに荷物を積み込み、後部座席に樫田と二人で乗り込む。エアコンの冷風が汗に濡れた肌に心地よい。樫田はドライバーに声をかけた。

「オーケー、デイビッドネ、プリーズゴートゥーアワオフィスネ!」

「樫田さん、英語ヘタになってませんか?」

「バーカ、こっちの方がフィリピンでは通じんだよ。アメリカ英語なんて誰もしゃべってねえよ」

「オフィスはどこにあるんですか?」

「マカティ・シティのCBD(中心業務地区)。まあ、ニューヨークで言えばウォール街みたいなとこだな」

「へーすごい!樫田さんのおうちもその辺りですか?」

「俺んちはオフィス近くのサルセドエリアの高層マンション。夜景がきれいだから、出張中に一回呼んでやるよ。それより、今回は上手いことやりやがったな。ただの荷物運びでマニラ出張とは」。樫田がニヤニヤしながら言う。

「いや、自分もラッキーでした。樫田さんもいるし、心強いです」

「とにかく、俺様が今日、明日とさっそくこっちのちゃんねーと合コンセットしてやったから楽しみにしとけよ」

「本当ですか!ありがとうございます!」木島の胸はよからぬ妄想で高鳴り始めるのだった。