その日木島は入江塔を夕食に誘った。夕食場所は「水響亭」。銀座の並木通りにある落ち着いた雰囲気のあるレストランだ。残業で少し遅れた木島が店に到着すると、塔はワイングラスを片手に目の前の水槽の中をユラユラ漂うクラゲをぼんやり見ていた。

「ゴメンゴメン、遅れちゃった」

「全然大丈夫。ネジ部ってすごい忙しいって聞いてるし。でもこのレストラン、お洒落だね。水槽がグルッと部屋を囲っててなんだか海の底にいる見たい」

木島はウェイターに生ビールを注文し、二人で乾杯した。

「入江さん、そう言えば会えたらずっと伝えたかった事があって」木島はさりげない感じで切り出した。

「よければ俺と付き合ってくれませんか。出張中のフィリピンでもずっとあなたの事を考えていました」木島の唐突な告白に塔は言葉を失ったようにしばらく黙っていたが、意を決したように木島を見つめるとこう言った。

「ありがとう、すごく嬉しいです。実は、、今お付き合いしている人がいるんだけど、ちょっと別れる、別れないっていう微妙な感じになっていて。なので少し返事は待ってもらっていいかな」

「もちろん、入江さんに彼氏がいるって話は実は聞いてたんだ。でも、俺はいつまででも待つから」

「ありがとう、木島君」そう言って俯く塔の横顔を見つめながら、木島はやっぱり綺麗な人だなとあらためて感じるのだった。

 

食事後、塔と店の前で分かれた木島は昔お世話になった銀座のクラブのママが独立して始めたラウンジに顔を出す事にした。スナックやクラブが集まる一角にあるママのラウンジのドアを開けると、すかさずママの明るい声が聞こえた。「いらっしゃいませ、あーっ木島さん、ご無沙汰してます」白い着物をビシッと着こなしたママが笑顔で出迎えた。

「姫湖ママ、ご無沙汰してます。今日もお着物がお似合いですね」

「まあ木島さん、相変わらずお上手ね。さあこちらのお席へ」姫湖ママから熱々のおしぼりを受け取りながら木島は尋ねた。

「前回樫田さんと入れた山崎、まだ残ってますか?」

「ええ、まだあったはず。ちょっと確認しますね。木島さんはハイボールですよね」

ママが席をはずしている間、木島はお店を見渡した。白を基調にした落ち着いた雰囲気の店でママの品の良い趣味が垣間見える。まだ時間が早いせいか客は木島だけだった。

「お待たせしました。木島さん、新しく入った女の子を紹介しますね」

姫湖ママの後ろに立つ黒いドレスの子が木島の横に座りながら言った。

「始めまして、遙香です」

その顔を見て木島は凍りついた。そこにいたのは入江塔と瓜二つの女性だった。